大河ドラマ「龍馬伝」の名言集を紹介! 熱いぜよ

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大河ドラマで一躍大ヒットした「龍馬伝」。

その龍馬伝で言われた名言と、意味や背景をご紹介していきます。

坂本龍馬 志を大きく持てる名言

 

大河ドラマ 龍馬伝の名言1

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「私を江戸にいかせてつかあさい!
世の中ゆうもんを見てみたいがじゃ。」

まだ若かりしとき、まだ漠然とですが、土佐は狭いと感じた時の言葉

父親の八平に言ったが、もっと自分のことを考えろと一蹴されてしまう。
この後八平は龍馬の江戸行きを認める時がくるのですが、龍馬と日本をつなぐ最初の第一歩だと感じました。

大河ドラマ 龍馬伝の名言2

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「確かにわしらは犬の糞かもしれん。
けんどの、この仕事だけは、そういうことを忘れてやってくれんかえ。」

龍馬が八平から久万川の堤の仕上げの差配役を任されたときの言葉

八平から江戸行きを一蹴された直後で龍馬も傷心していました。

そのときに、久万川の工事をしていた、百姓に下士は、百姓よりも身分が下だといわれ、なぜ下士の龍馬に指図されて工事しないといけないのかと言われたときの返事です。

武士としてのプライドがないのではと感じてしまいますが、あまり、自分の身分にこだわらない執着しない龍馬がすごく素敵に感じました。

大河ドラマ 龍馬伝の名言3

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「やりとうないがです。つまるところ、剣は戦で相手を殺す道具ですきに」

千葉道場で佐那に勝負を挑まれたときの言葉

武力で攘夷を果たそうという風潮の中、武力以外のやり方があるのではないかと感覚的にわかっていた龍馬。
ただ、この時はそういうことをいってはいけないと佐那にさとされます。

当時としては、とても変わった人。
ともすれば、ヤバイ人と思われたでしょう。

しかし、佐那、加尾、おりょうと龍馬のまわりには、いつもそれをうけいれ包み込んでくれる女性がいたのです。

大河ドラマ 龍馬伝の名言4

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「あんな化け物に、剣は通用せんぜよ。
異国と戦争になったら、剣など役に立たんがです。」

品川海岸で黒船を見たときの龍馬の言葉

正しい攘夷のやり方はどういうことなのかを真剣に龍馬が模索し始めた時だと思います。

日本の洗濯という大命題に向けて龍馬が動き出したこの物語の重要なポイントとなる箇所だと思います。

大河ドラマ 龍馬伝の名言5

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「母上が教えてくれたがじゃ。
憎しみからは、何もうまれん

龍馬18歳 下士の井上正太郎が、上士の山本忠兵衛に理由もなく切り殺された時の言葉

龍馬の生き方の根本をなす言葉だと思います。
土佐藩では、上士と下士の対立から様々な悲劇が幕末起こりました。

ほとんどの下士が上士を武力で倒そうと考えていた中で、龍馬は武力では変えられないとこの頃から考えていました。

このように、龍馬が考えたのは幼いときに病死した母の影響が大きいと考えられます。

大河ドラマ 龍馬伝の名言6

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「弥太郎、わしは日本人じゃき、この国を守りたいとおもうながじゃ。
土佐の人間である前に日本人ながじゃ、わしは」

武市半平太の紹介で久坂玄端に会いに長洲いって土佐に帰ってきてから弥太郎にいった言葉

龍馬の愛国心がよく表れていると思います。

いまでは、当たり前に使われている日本人という言葉、当時は国といえば自分が属する藩という考えが当然という中では新鮮だったのではないでしょうか。

大河ドラマ 龍馬伝の名言7

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「弥太郎 目先のことばかり見ていてはいかんぜよ。
商売するにしても、日本の国がどうなるか、どうするべきか、考えながらやらねばいかん。
おまんなら、それができる。」

長崎にいき、更に見聞を深めた龍馬が弥太郎にいった言葉。

弥太郎も土佐商会を藩から任され、それなりに、自信を深めていたとは思いますが、龍馬のように、自分の商売と日本の行く末とをリンクしたものの、見方はしてなかったようです。

弥太郎が三菱をおこしたのだから、もし、龍馬が生きていたら、どんな会社をつくっただろうかと思います。

確かに、亀山社中を作ってはいましたが、道半ばだったと思いますので、非常に残念です。

大河ドラマ 龍馬伝の名言8

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「違うき。
攘夷をなすためには別の手段があるゆうことやき。
武市さん、わしと一緒に海軍をやりましょう!」

山内容堂に見捨てられてもなお、武力による攘夷に固執する半平太への言葉

この時に、もし、半平太が、龍馬の誘いに乗って海軍に入っていれば、土佐藩いや、日本を代表する最強タッグが、本当の意味で誕生していたと思います。

大河ドラマ 龍馬伝の名言9

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「死に金は、ものと引き換えに払うだけの金です。
けんど、生き金ゆうがは、使うた以上のもんが何倍にもかえってくる金です。」

福井の松平春獄に海軍養成所のお金を普請しに行ったときに、いった言葉

まだ、亀山社中を起こす前の龍馬ですが、武士でありながらも商人的な感覚も持ち合わせていたことが、分かる場面でした。

苦し紛れに出た言葉かもしれませんが、この発想がすばらしいと思います。

大河ドラマ 龍馬伝の名言10

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「この金はわしには使えん。
おまんが使うてくれ。
妹を取り戻してこれを生き金にしてくれや」

後に妻となるおりょうと、初めて出会ったときに龍馬がおりょうに言った言葉

おりょうの妹が借金のかたにとられ、おりょうが一人で借金取りのところに乗り込んで行こうとしているところに龍馬が遭遇。

実家から丁度借金と同額の5両が送られて来ていたとはいえ、それを全て、みずしらずのおりょうになんの見返りも求めずに渡してしまうところ、なんともお人好しにも程があると思いますが、龍馬の親切や一面が垣間見れました。

日本のために誰もができないような大きなことをしようとしている龍馬。
しかし、いつまでも、他人に対する優しさはなくすことなく持ち続けるのでした。

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